熊野若王子神社 [神社]

熊野若王子神社です。

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京都市の哲学の道にあります。

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拝殿です。

熊野若王子神社は永歴元年(1160)後白河法皇が建立しました。

熊野権現を勧請したものです。

寛正6年(1465)には足利義政が花見の宴が催されました。

その後応仁の乱により荒廃しましたが、豊臣秀吉により再興されました。

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熊野若王子神社の絵馬です。

熊野神社らしく3本足のカラスです。

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もう一種類の絵馬です。

哲学の道散策記念と書かれています。

若王子はにゃくおうじと読みます。
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大豊神社 [神社]

大豊神社は京都市東山にあります。

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鳥居です。

哲学の道を歩いていると見つけられます。

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拝殿です。

大豊神社は、仁和3年(887)宇多天皇の病気平癒のため、藤原俶子が少彦名命を祀り建てました。

後に応神天皇と菅原道真を合祀しました。

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絵馬です。

狛ねずみの社とあります。

それは狛犬のかわりに狛ねずみがいるからです。

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これが狛ねずみです。

椿が載っています。

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もう一匹。

2匹でペアです。

かわいいですね。

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摂社として愛宕社と日吉社があります。

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鷹でしょうか。

狛鷹です。

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こちらは猿です。

日吉社の使いは猿と言われます。

狛犬ならぬ狛猿です。


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晴明神社 [神社]

京都市にある晴明神社です。

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陰陽師で有名な安倍晴明を祀ります。

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鳥居には有名な五芒星が掲げられています。

文字ではなくマークが掲げられるのは珍しいです。

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境内には一条戻り橋が作られています。

もちろんこんなに小さくありません。

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拝殿です。

有名な神社ですが、境内は意外と狭いです。

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拝殿の前には安倍晴明の銅像があります。

衣の下で印を結び、天体を観測している様子を表しています。

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厄除桃です。

中国では桃は魔除け、厄除けの果実とされています。

昔話の桃太郎もこれに由来します。

参拝者が撫でるためにピカピカです。

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晴明井です。

晴明が念力により湧出させた井戸です。

病気平癒のご利益があります。

水の湧き出る位置はその年の恵方を向いています。

京都では人気の神社です。






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笠松町の八幡神社 [神社]

岐阜県羽島郡笠松町の笠松陣屋の近くの八幡神社です。

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拝殿です。

八幡神社は数も多く武門の神として親しまれている神社です。

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本殿です。

御祭神は応神天皇です。

金幣社です。

御神紋は左三つ巴です。

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本殿の前の神門です。

境内は広いです。

井伊谷宮 [神社]

浜松市北区引佐町井伊谷にある井伊谷宮です。

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入り口です。

官幣中社井伊谷宮とあります。

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神門です。

鳥居と神門が続いています。

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拝殿です。

祭神は一品中務卿宗良親王です。

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絵馬です。

次郎法師 井伊直虎と虎松です。

今年から新たに作られたのでしょうね。

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こちらは井伊直虎と井伊直政です。

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こちらは従来の絵馬です。

宗良親王です。

趣があります。

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交通安全の絵馬です。

井伊谷宮の祭神宗良親王は後醍醐天皇の皇子で南北朝時代に一品中務卿征東将軍として井伊谷を本拠として戦いました。

井伊谷宮は明治5年に明治天皇の勅旨により建てられました。

宗良親王は武だけではなく、和歌にも秀でて、歌集「李花集」を残し、「新葉和歌集」の編纂をするなど文化面でも活躍されました。

親王のどんな逆境でも不撓不屈の精神は、多くの人々に慕われて、学問、心願成就、開運の神として信仰を集めています。

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御神籤です。

いろいろな種類の御神籤があります。

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摂社の井伊社です。

祭神は井伊家の第十二代井伊道政とその息子高顕です。

道政と高顕は宗良親王に仕えました。

また、井伊道政の娘の重子(駿河姫)と宗良親王の間には尹良親王が生まれています。

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願いことを書いて奉納する札です。

井伊社の神紋を書いて奉納します。

渭伊神社 [神社]

渭伊神社は浜松市北区引佐町井伊谷字天白にあります。

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深い森の中にあります。

大河ドラマおんな城主直虎の影響で、にぎわっています。

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祭神は息長帯比売命、品陀和気命、玉依比売命です。

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渭伊神社は創立の年代は不明ですが、三代実録に記載があり、風土記には延喜式神名帳にもあります。

井伊氏の祖先の井伊共保が寛弘7年にその神井より出生以来産神として信仰しました。

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渭伊神社で有名なのは、背後にある天白磐座遺跡です。

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渭伊神社の本殿の背後にある薬師山の頂上にあります。

40m四方に散在する巨石群で神の磐座とする古代祭祀遺跡です。

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平成元年に発掘調査が行われて4世紀から平安時代に至る祭祀遺跡であることが確認されました。

手こね土器や鉄鉾、勾玉など祭祀に使われた遺物が出土しました。

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巨石が林立する様子は厳かな雰囲気を感じます。

今でいうパワースポットです。

二宮神社 [神社]

二宮神社は井伊谷城(静岡県浜松市)の麓にあります。

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大河ドラマに伴い建てられた新しい看板です。

井伊家にかかわる多道間守(橘の家紋)と宗良親王が祭られています。

宗良親王は「二宮」と呼ばれたために二宮神社と言われます。

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社殿です。

多道間守は井伊郷の荘司三宅氏の始祖です。

多道間守は第11代垂仁天皇の勅諚に応えて常世の国から我が国に橘を将来しました。

井伊氏はこの神社の橘紋を家紋としました。

南北朝時代には井伊氏は後醍醐天皇の皇子宗良親王に味方しました。

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二宮神社の御由緒です。

豊国神社 [神社]

豊国神社です。

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名古屋市中村区にあります豊臣秀吉を祀る神社です。

中村公園の中にあります。

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社殿です。

江戸時代には豊臣秀吉を祀ることはできなかったので、明治になり作られました。

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豊国神社の絵馬です。

豊臣秀吉の馬印である千成瓢箪を模してひょうたんの形をしています。

ご利益ありそうです。

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豊臣秀吉の生誕地はいくつか説がありますが、この名古屋市中村区で生まれたというのも有力な候補の一つです。

大きな石碑が建てられています。

豊公誕生之地と刻まれています。

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説明です。

豊臣秀吉は天文5年1月1日に木下弥右衛門の子として生まれました。

幼名は小竹、あるいは日吉丸。

小一郎秀長と朝日姫は異父弟妹、姉智子は同父同母の姉です。

出生地は中村区下中村町という説もあります(他にもあり)。

錦天満宮 [神社]

新京極にある錦天満宮です。

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提灯が入り口にたくさん飾られている様は、蛸薬師みたいです。

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天神さんなので菅原道真を祀っています。

錦天満宮は、長保5年(1003)菅原道真の父親の菅原是善の旧邸を源融の旧邸に移築して建てられた歓喜寺の鎮守社として建てられました。

天正19年に豊臣秀吉の都市計画により現在地に移りました。

繁華街にあるため、結構境内は狭いです。

結構賑わっていました。

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牛の頭が触られ過ぎてピカピカになっていました。

本能寺 [神社]

本能寺です。

天正10年、織田信長が明智光秀の謀反により死亡した本能寺の変で有名です。

京都市中京区寺町通御池下ル下本能寺前町532に所在します。

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本能寺の碑です。

本能寺の「能」の字が違っています。

本能寺は本能寺の変だけではなく、何度も火災に遭っています。

そのため「能」の字に「ヒ」が含まれているのが「火」につながることを嫌い、「能」の字を変えています。

本能寺の変のあった当時の本能寺は現在の場所ではありません。

火災で焼けて現在の場所に移りました。

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山門です。

立派な門です。

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本堂です。

本能寺は法華宗本門流の本山です。

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塔頭です。

本能寺には、恵昇院、蓮承院、定性院、高俊院、本行院、源妙院、龍雲院の7院の塔頭があります。

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本能寺にある信長廟です。

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信長廟です。

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信長廟の奥にある墓です。

三段になっています。

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徳川家重夫人の供養塔、菅中納言局庸子の石塔、島津義久夫人の石塔です。

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臥牛石です。

牛のようです。

加藤清正寄進と言われます。

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説明です。

朝鮮通信使ゆかりの地です。

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