小田原城 その4 [お城踏査]
小田原城の続きです。
銅門を抜けるといよいよ本丸です。
赤い橋を渡り常盤木門に向かいます。
本丸を囲む堀です。
菖蒲が植えられていました。
階段を登ると常盤木門です。
常盤木門も桝形門でしたが、一の門は復元されていません。
かつては簡易な柵門だったようです。
常盤木門です。
櫓門ですが、大きいので近くて写真に収まりません。
昭和46年に鉄筋コンクリート造りで再建されました。
常盤木門の桝形は三方を多聞櫓で囲まれる厳重な構えでした。
小田原市では小田原城の整備計画を策定しています。
図は将来の構想図です。
二の丸の土塀や櫓、弁財天曲輪の整備、本丸の土塀、裏門などの復元が計画されています。
現在は馬出門から銅門、本丸へのルートが整備されて、次は御用米曲輪の整備が計画されています。
(続く)
銅門を抜けるといよいよ本丸です。
赤い橋を渡り常盤木門に向かいます。
本丸を囲む堀です。
菖蒲が植えられていました。
階段を登ると常盤木門です。
常盤木門も桝形門でしたが、一の門は復元されていません。
かつては簡易な柵門だったようです。
常盤木門です。
櫓門ですが、大きいので近くて写真に収まりません。
昭和46年に鉄筋コンクリート造りで再建されました。
常盤木門の桝形は三方を多聞櫓で囲まれる厳重な構えでした。
小田原市では小田原城の整備計画を策定しています。
図は将来の構想図です。
二の丸の土塀や櫓、弁財天曲輪の整備、本丸の土塀、裏門などの復元が計画されています。
現在は馬出門から銅門、本丸へのルートが整備されて、次は御用米曲輪の整備が計画されています。
(続く)
小田原城 その3 [お城踏査]
小田原城 その2 [お城踏査]
小田原城の続きです。
小田原城の馬出門です。
平成21年に復元されました。
馬出門と二の丸平櫓です。
馬出門の高麗門です。
高麗門の門扉です。
上部が透かしになっています。
馬出門の付近の絵図です。
門が連続している様子がわかります。
二つの門で桝形を形成しています。
三の丸から二の丸に向かう大手のルートです。
寛文12年(1672)に桝形門に改修されました。
内冠木門です。
2つ目の門です。
2つの門の関係はこんな位置関係です。
馬出門脇の土塀です。
四角の矢狭間と三角の鉄砲狭間2つが規則正しく並んでいます。
下の石垣も含めて復元されました。
土塀の裏側です。
控え柱があります。
内冠木門を内から見た図です。
内冠木門の門扉です。
こちらの門は透かし扉にはなっていません。
馬出門から見た天守です。
かつては樹木が伸びて天守が全く見えなかったけど、木を切ったので天守が見えるようになりました。
木を切るに当たっては、木を切るなと自然保護団体から猛抗議を受けて一時は問題となりました。
適正に剪定していくことは必要でしょう。
馬屋曲輪の隅櫓台です。
二重櫓がありましたが、この櫓の復元する計画はありません。
(続く)
小田原城の馬出門です。
平成21年に復元されました。
馬出門と二の丸平櫓です。
馬出門の高麗門です。
高麗門の門扉です。
上部が透かしになっています。
馬出門の付近の絵図です。
門が連続している様子がわかります。
二つの門で桝形を形成しています。
三の丸から二の丸に向かう大手のルートです。
寛文12年(1672)に桝形門に改修されました。
内冠木門です。
2つ目の門です。
2つの門の関係はこんな位置関係です。
馬出門脇の土塀です。
四角の矢狭間と三角の鉄砲狭間2つが規則正しく並んでいます。
下の石垣も含めて復元されました。
土塀の裏側です。
控え柱があります。
内冠木門を内から見た図です。
内冠木門の門扉です。
こちらの門は透かし扉にはなっていません。
馬出門から見た天守です。
かつては樹木が伸びて天守が全く見えなかったけど、木を切ったので天守が見えるようになりました。
木を切るに当たっては、木を切るなと自然保護団体から猛抗議を受けて一時は問題となりました。
適正に剪定していくことは必要でしょう。
馬屋曲輪の隅櫓台です。
二重櫓がありましたが、この櫓の復元する計画はありません。
(続く)
小田原城 [お城踏査]
小田原城は神奈川県小田原市にある近世城郭です。
近世城郭ですが、もとは後北条氏の居城で、戦国時代からの城です。
弁財天郭にある石碑です。
大きなものです。
弁財天郭は江戸時代には弁財天が祀られていました。
二の丸の入り口でした。
石が置かれていましたが、石垣の石でしょうか。
小田原城の現況図です。
弁財天郭から見た二の丸堀です。
赤い橋は二の丸への橋で江戸期にはありませんでした。
奥に馬出門と櫓が見えます。
更に近づいてみた馬出門と二の丸隅櫓です。
二の丸平櫓です。
この櫓は明治以降も残っていた小田原城唯一の櫓でしたが、大正12年の関東大震災により倒壊してしまいました。
昭和10年に外観復元されましたが、石垣も往時より低く積み直され、櫓も小さく建て直されました。
こちらが倒壊前の二の丸平櫓です。
石垣も随分高く、櫓の大きさも違います。
今度建て直すときには、往時に姿に直して欲しいですね。
(続く)
近世城郭ですが、もとは後北条氏の居城で、戦国時代からの城です。
弁財天郭にある石碑です。
大きなものです。
弁財天郭は江戸時代には弁財天が祀られていました。
二の丸の入り口でした。
石が置かれていましたが、石垣の石でしょうか。
小田原城の現況図です。
弁財天郭から見た二の丸堀です。
赤い橋は二の丸への橋で江戸期にはありませんでした。
奥に馬出門と櫓が見えます。
更に近づいてみた馬出門と二の丸隅櫓です。
二の丸平櫓です。
この櫓は明治以降も残っていた小田原城唯一の櫓でしたが、大正12年の関東大震災により倒壊してしまいました。
昭和10年に外観復元されましたが、石垣も往時より低く積み直され、櫓も小さく建て直されました。
こちらが倒壊前の二の丸平櫓です。
石垣も随分高く、櫓の大きさも違います。
今度建て直すときには、往時に姿に直して欲しいですね。
(続く)
犬山城シンポジウム [お城情報]
最近はお城のシンポジウムが増えました。
以前は、お城全般みたいなシンポが多かったけど、最近は、愛知県内でも刈谷城シンポジウムや西尾城シンポジウムみたいに個別の城単独でのイベントも増えました。
それで犬山城シンポジウムです。
犬山城シンポジウム
日 時 2017年1月22日(日)13時~16時30分
場 所 犬山国際観光センター(愛知県犬山市)
定 員 250名(要申込)
参加費 無料
内 容
考 古 学 : 鈴木正貴氏 (愛知県埋蔵文化財センター調査研究専門員)
歴史地理学: 山村亜希氏 (京都大学大学院准教授)
城郭考古学: 千田嘉博氏 (奈良大学教授)
建 築 史 学: 麓 和善氏 (名古屋工業大学大学院教授)
パネルディスカッション
犬山城「城郭」の歴史的価値
パネリスト:麓 和善氏、山村亜希氏、千田嘉博氏、鈴木正貴氏
コーディネーター:高瀬要一氏(犬山城城郭調査委員会 副委員長)
犬山市歴史まちづくり課
℡0568-44-0354
以前は、お城全般みたいなシンポが多かったけど、最近は、愛知県内でも刈谷城シンポジウムや西尾城シンポジウムみたいに個別の城単独でのイベントも増えました。
それで犬山城シンポジウムです。
犬山城シンポジウム
日 時 2017年1月22日(日)13時~16時30分
場 所 犬山国際観光センター(愛知県犬山市)
定 員 250名(要申込)
参加費 無料
内 容
考 古 学 : 鈴木正貴氏 (愛知県埋蔵文化財センター調査研究専門員)
歴史地理学: 山村亜希氏 (京都大学大学院准教授)
城郭考古学: 千田嘉博氏 (奈良大学教授)
建 築 史 学: 麓 和善氏 (名古屋工業大学大学院教授)
パネルディスカッション
犬山城「城郭」の歴史的価値
パネリスト:麓 和善氏、山村亜希氏、千田嘉博氏、鈴木正貴氏
コーディネーター:高瀬要一氏(犬山城城郭調査委員会 副委員長)
犬山市歴史まちづくり課
℡0568-44-0354
刈谷城 [お城踏査]
刈谷城は愛知県刈谷市にあった近世城郭です。
二の丸に建つ石碑です。
刈谷城の堀跡です。
今城跡は亀城公園となっています。
刈谷城の別名は亀城です。
亀は縁起がいいので城の別名によく使われました。
近くの西尾城の別名は鶴城です。
鶴と亀で縁起がいいですね。
刈谷城は、本丸と堀が残るのみです。
刈谷城は本丸の櫓などの復元計画があります。
城跡に計画を示す看板が建てられています。
計画では本丸の二重の巽櫓と表門と裏門、それを結ぶ多聞櫓と石垣を復元する計画です。
将来的にはイラストのような感じで復元するようですが、短期的には巽櫓と多聞櫓の一部を先行して復元すると計画変更されました。
しかし、先日の熊本地震で熊本城の被害を見て、耐震についてさらに検討するために、計画を延期しました。
刈谷市は東海地震、東南海地震の地域になっているため、計画を見直すようです。
刈谷城の絵図です。
かつては櫓や土塀がめぐらされていました。
刈谷城は天守はありませんでした。
刈谷城本丸の現況です。
刈谷城は廃城後に売却に出されて、櫓などの建物はもとより、石垣まで売られたために発掘しても石垣の痕跡は見つかりませんでした。
地固めの遺構のみでした。
裏門跡です。
埋め戻されています。
巽櫓の跡です。
ここに石垣を新たに築いて、その上に巽櫓を再建します。
二の丸に建つ石碑です。
刈谷城の堀跡です。
今城跡は亀城公園となっています。
刈谷城の別名は亀城です。
亀は縁起がいいので城の別名によく使われました。
近くの西尾城の別名は鶴城です。
鶴と亀で縁起がいいですね。
刈谷城は、本丸と堀が残るのみです。
刈谷城は本丸の櫓などの復元計画があります。
城跡に計画を示す看板が建てられています。
計画では本丸の二重の巽櫓と表門と裏門、それを結ぶ多聞櫓と石垣を復元する計画です。
将来的にはイラストのような感じで復元するようですが、短期的には巽櫓と多聞櫓の一部を先行して復元すると計画変更されました。
しかし、先日の熊本地震で熊本城の被害を見て、耐震についてさらに検討するために、計画を延期しました。
刈谷市は東海地震、東南海地震の地域になっているため、計画を見直すようです。
刈谷城の絵図です。
かつては櫓や土塀がめぐらされていました。
刈谷城は天守はありませんでした。
刈谷城本丸の現況です。
刈谷城は廃城後に売却に出されて、櫓などの建物はもとより、石垣まで売られたために発掘しても石垣の痕跡は見つかりませんでした。
地固めの遺構のみでした。
裏門跡です。
埋め戻されています。
巽櫓の跡です。
ここに石垣を新たに築いて、その上に巽櫓を再建します。
刈谷城シンポジウム~城郭復元と歴史まちづくり [お城情報]
愛知県刈谷市では刈谷城の復元を計画しています。
その復元計画についてのシンポジウムです。
刈谷城シンポジウム~城郭復元と歴史まちづくり
日 時 2017年1月21日(土)14時~16時30分
場 所 刈谷市総合文化センター(愛知県刈谷市)
定 員 250名(申込不要)
参加費 無料
内 容
<第1部>基調講演「城郭復元の考え方と刈谷城復元」麓和善氏(名古屋工業大学大学院教授)
<第2部>パネルディスカッション
コーディネーター
矢野和之氏(株式会社文化財保存計画協会
パネリスト
麓和善氏(名古屋工業大学大学院教授)、高瀬要一氏(元奈良文化財研究所文化遺産部長)、舟久保藍氏(歴史研究家)、竹中良則氏(刈谷市長)
問合せ
刈谷市公園緑地課
℡0566-62-1023
その復元計画についてのシンポジウムです。
刈谷城シンポジウム~城郭復元と歴史まちづくり
日 時 2017年1月21日(土)14時~16時30分
場 所 刈谷市総合文化センター(愛知県刈谷市)
定 員 250名(申込不要)
参加費 無料
内 容
<第1部>基調講演「城郭復元の考え方と刈谷城復元」麓和善氏(名古屋工業大学大学院教授)
<第2部>パネルディスカッション
コーディネーター
矢野和之氏(株式会社文化財保存計画協会
パネリスト
麓和善氏(名古屋工業大学大学院教授)、高瀬要一氏(元奈良文化財研究所文化遺産部長)、舟久保藍氏(歴史研究家)、竹中良則氏(刈谷市長)
問合せ
刈谷市公園緑地課
℡0566-62-1023
名古屋城本丸御殿復元工事の現況 平成29年1月上旬 [名古屋城本丸御殿復元工事]
錦天満宮 [神社]
『戦国大名の土木事業―中世のインフラ整備―』共同研究会 [お城情報]
お城関係のイベントです。
お城といっても土木工事の面から見た研究会です。
少し専門的な内容ですので、深く知りたい人向けです。
『戦国大名の土木事業―中世のインフラ整備―』共同研究会
日 時 2017年1月21日~22日(日)
場 所 山口ふるさと伝承総合センター(山口市下竪小路12番地)
定 員 200名(要申込)
参加費 無料
内 容
1月21日(土):第1部 「中世の都市設計」
13:00 開場・開会
13:10~13:40「中世博多の都市空間と寺院」水野哲雄氏(福岡市文化財保護課)
13:45~14:15「中世都市山口の設計原理と施工技術」北島大輔氏(山口市教育委員会)
14:20~14:50「中世益田城下町の成立過程についての試論」中司健一氏(益田市教育委員会)
(休憩)
15:05~15:35「戦国大名相良氏による統治拠点都市「中世八代城下」の整備」青木勝士氏(熊本県立図書館)
15:40~16:20 ディスカッション
16:30 第1部閉会
18:30~ 情報交換会:山口市湯田温泉辺りを予定(当日案内、会費:実費)
1月22日(日):第2部 「中・近世の社会基盤整備」
9:00 開場・開会
9:10~ 9:40「豊後府内における道路と土木工事」吉田 寛氏(大分県教育庁埋蔵文化財センター)
9:45~10:15「戦国大名大友氏の土木事業」鹿毛敏夫氏(名古屋学院大学)
10:20~10:50「戦国末・小早川期伊予の拠点城郭の整備」山内治朋氏(愛媛県歴史文化博物館)
(休憩)
11:05~11:35「朝鮮出兵期の造船」津野倫明氏(高知大学)
11:40~12:20 ディスカッション
(昼休み)
13:10~14:30「中世都市山口のインフラ整備」現地視察
14:30 閉会
問合せ
名古屋学院大学 鹿毛敏夫
kage@ngu.ac.jp
お城といっても土木工事の面から見た研究会です。
少し専門的な内容ですので、深く知りたい人向けです。
『戦国大名の土木事業―中世のインフラ整備―』共同研究会
日 時 2017年1月21日~22日(日)
場 所 山口ふるさと伝承総合センター(山口市下竪小路12番地)
定 員 200名(要申込)
参加費 無料
内 容
1月21日(土):第1部 「中世の都市設計」
13:00 開場・開会
13:10~13:40「中世博多の都市空間と寺院」水野哲雄氏(福岡市文化財保護課)
13:45~14:15「中世都市山口の設計原理と施工技術」北島大輔氏(山口市教育委員会)
14:20~14:50「中世益田城下町の成立過程についての試論」中司健一氏(益田市教育委員会)
(休憩)
15:05~15:35「戦国大名相良氏による統治拠点都市「中世八代城下」の整備」青木勝士氏(熊本県立図書館)
15:40~16:20 ディスカッション
16:30 第1部閉会
18:30~ 情報交換会:山口市湯田温泉辺りを予定(当日案内、会費:実費)
1月22日(日):第2部 「中・近世の社会基盤整備」
9:00 開場・開会
9:10~ 9:40「豊後府内における道路と土木工事」吉田 寛氏(大分県教育庁埋蔵文化財センター)
9:45~10:15「戦国大名大友氏の土木事業」鹿毛敏夫氏(名古屋学院大学)
10:20~10:50「戦国末・小早川期伊予の拠点城郭の整備」山内治朋氏(愛媛県歴史文化博物館)
(休憩)
11:05~11:35「朝鮮出兵期の造船」津野倫明氏(高知大学)
11:40~12:20 ディスカッション
(昼休み)
13:10~14:30「中世都市山口のインフラ整備」現地視察
14:30 閉会
問合せ
名古屋学院大学 鹿毛敏夫
kage@ngu.ac.jp